歯科物語シリーズ② マイクロスコープ編
〜勤務医時代に自腹で購入した理由〜
みなさんは「マイクロスコープ」という機械をご存じでしょうか?
いわゆる歯科用の手術用顕微鏡で、最近では新規開業のクリニックに導入されることも増えてきました。しかし全国的な普及率で言えば、いまだに全歯科医院の1割程度とされています。
なぜ普及が進まないのか?
理由はシンプルです。高額であること(500万円〜1000万円以上する機種もあります)、購入してもすぐに使いこなせるわけではなくトレーニングが必須であること、そして保険診療ではほとんど算定できないことが背景にあります。つまり、多くの歯科医師にとって「費用対効果が低い」と見なされてしまうのです。
しかし、臨床現場での恩恵は絶大です。
暗くて細かい口腔内を、明るく拡大して「見える化」できることで、診断の精度は格段に向上します。これまで原因不明で長期間「根っこの消毒」を続けられていた歯を、マイクロスコープで確認すると実はすでに破折していた――そんな事例は日常茶飯事です。これは決して前医の責任ではなく、人間の視覚の限界によるものです。肉眼で識別できるのは約0.2mmとされており、それ以下はどんなに熟練した目でも見分けることができません。マイクロスコープは、まさにその限界を超えるための武器なのです。
私は勤務医時代からその可能性に強く惹かれ、どうしても自分の手で習得したいと考えました。複数の大家と呼ばれる先生の下へ見学に行き、研修コースにも参加して学びを深めました。極めつけは、勤務先のクリニックに「自腹でマイクロスコープを購入し置かせてもらう」という前代未聞の行動でした。勤務医で自腹購入というのは、全国的に見てもほとんど聞いたことがありません。幸い、当時の勤務先の吉田拓志先生が温厚かつ大胆な方で「いいよ、置いてみなさい」と背中を押してくださったおかげで、日々トレーニングに励むことができました。
さらに私は「見る」ことと「伝える」ことの両立を重視しました。
マイクロスコープで得られた映像を患者さんにそのまま伝えるために、周辺機器や院内設計にもこだわりました。動画編集ソフトや大画面モニターを駆使し、治療中の記録や説明をその場で見せられる環境を整えたのです。これは単に治療精度を高めるだけでなく、患者さんが「自分の口の中で何が起きているのか」を視覚的に理解できる大きな安心につながりました。
開業後もこの姿勢は変わらず、私は保険・自費を問わずすべての症例でマイクロスコープを使用してきました。結果として、根管治療の成功率は90%以上という高い成績を維持できています。もちろん一定数は外科的な処置が必要になりますが、それもマイクロスコープがあれば安全に行うことができます。
そして何よりも感慨深いのは、あの時自腹で購入したマイクロスコープが、13年経った今でも毎日現役で活躍しているということです。振り返れば無謀にも思えますが、その時の投資と情熱が今の私の診療スタイルを形作ったと感じています。
マイクロスコープは単なる「高額な機械」ではありません。
私にとっては、自分の治療哲学を体現し、患者さんに安心と信頼を届けるための「相棒」なのです。